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老人の頭部 / Head of an Old Man

ハンス・フォン・アーヘン / Hans von Aachen

この度は、「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」に展示されている、ハンス・フォン・アーヘンの作品「老人の頭部」について、詳細にご説明いたします。

作品の背景、経緯、意図について

スウェーデン国立美術館は、同国王家が収集した美術品を基盤とする、ヨーロッパで最も古い美術館の一つです。その中でも素描コレクションは、質、量ともに世界的に充実していることで知られています。本展覧会は、この貴重な素描コレクションから、ルネサンスからバロック期にかけての名品を選りすぐって紹介するもので、ハンス・フォン・アーヘンの「老人の頭部」もその一つです。

素描(ドローイング)は、木炭やチョーク、ペンなどを用いて描かれる線描中心の作品で、絵画や彫刻の構想を練るための下絵や習作として、また完成作品として制作されることもあります。素描は、環境の変化や光、振動に弱いため、海外に所蔵されている作品がまとめて来日することは非常に珍しく、今回の展覧会は貴重な機会と言えます。

ハンス・フォン・アーヘンは、16世紀後半から17世紀初頭にかけて活躍したドイツ出身の画家で、特にプラハのルドルフ2世の宮廷で重用され、肖像画や歴史画、神話画などを手がけました。彼の素描は、しばしば油彩画のための準備習作として描かれ、人物の表情やポーズ、光の当たり具合などを探求する目的がありました。この「老人の頭部」も、おそらくは後の絵画作品に登場する人物像を検討するための習作、あるいは独立した肖像研究として描かれたと考えられます。素描には、画家の試行錯誤の過程や、創造の原点が色濃く残されており、鑑賞者はまるで画家の制作の場に立ち会っているかのような臨場感を味わうことができます。

どのような技法や素材が使われているのか?

この作品は、「黒チョーク、白チョークによるハイライト、青色の紙」という技法と素材で制作されています。

黒チョークは、線描や陰影の表現に用いられ、対象の輪郭や量感を力強く捉えることができます。一方、白チョークは、光の当たる部分やハイライトを描き出すことで、対象に立体感と輝きを与えています。そして、青色の紙は、当時の素描でしばしば用いられた支持体で、黒と白のチョークの濃淡を際立たせる効果があります。特に青い紙は、中間色として機能し、黒チョークの深い陰影と白チョークの明るい光を際立たせ、よりドラマティックな効果を生み出します。このような素材の組み合わせは、画家の表現意図に応じて、対象の質感や感情を豊かに伝えるために選ばれました。

どのような意味を持っているのか?

「老人の頭部」という主題は、ルネサンスからバロック期にかけて、画家の人物描写の技術を示す重要なテーマの一つでした。老人の顔には、長い人生で培われた経験や知恵、あるいは苦難が刻まれており、そうした内面的な深みを表現することは、画家の力量を試すものでした。この作品における老人の表情やしわの一本一本は、単なる形態の描写に留まらず、人物の個性や物語性を暗示していると考えられます。

また、特定の人物の肖像である可能性もあれば、物語画の中の登場人物のタイプスタディ(典型的な人物像の研究)である可能性もあります。いずれにせよ、この作品は、ハンス・フォン・アーヘンが人物の内面と外面をどのように捉え、表現しようとしたかを示す貴重な資料と言えます。鑑賞者は、この老人の表情から、様々な感情や思考を読み取ることができるでしょう。

どのような評価や影響を与えたのか?

ハンス・フォン・アーヘンは、その洗練された技法と人物描写の巧みさで、同時代の宮廷やコレクターから高く評価されました。彼の作品、特に素描は、次世代の画家たちにとって、人物表現やデッサン技術の規範となることもありました。

「老人の頭部」のような習作は、完成された絵画作品とは異なり、画家の思考の過程を直接的に示すものです。そのため、当時の芸術教育においては、こうした巨匠たちの素描を模写することが、学生たちの技術習得の重要な手段とされました。また、現代においても、この作品はハンス・フォン・アーヘンの卓越した描写力と、彼が生きた時代の芸術的潮流を理解する上で、重要な意味を持つ作品として評価されています。スウェーデン国立美術館の素描コレクション展を通じて、この作品が広く紹介されることで、ハンス・フォン・アーヘンという画家の再評価や、素描という芸術形式の奥深さへの理解がさらに深まることでしょう。