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聖アントニウスの誘惑 (第二作) / The Temptation of St. Anthony (Second Version)

ジャック・カリヨ / Jacques Callot

ジャック・カリヨの「聖アントニウスの誘惑(第二作)」について、詳しくご説明いたします。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? ジャック・カリヨは、フランス北東部ロレーヌ公国の首都ナンシーで生まれ、初期にはローマやフィレンツェで版画技術を習得し、メディチ家の宮廷で活躍しました。その後、一六二一年頃にナンシーに戻り、その地を拠点に活動しました。この「聖アントニウスの誘惑(第二作)」は、彼が亡くなる直前の一六三五年に制作された、壮大で破滅的な主題の作品です。実は、カリヨはこの主題を、一六一七年頃に「聖アントニウスの誘惑(第一作)」として一度手掛けており、これは第二作にあたります。 本作の制作意図についてはいくつかの説があります。一つは、一六三一年に彼の父の命を奪った疫病に対する恐怖を反映しているというものです。聖アントニウスは疫病患者の守護聖人であるため、この主題が選ばれた可能性があります。 また、彼自身の胃がんとの闘病を反映しているとも考えられています。 加えて、フィレンツェのメディチ家宮廷で贅沢な祭典や演劇の制作に携わっていたカリヨの経験が、この作品の演劇的な構成に影響を与えている可能性も指摘されています。 作品に刻まれたラテン語の詩は、聖アントニウスが悪魔に苦しめられながらも揺るぎない信仰を保ち、地上の苦難と超自然的な災厄に打ち勝つ様子を語っています。 また、作品中の「剣闘士の悪魔」や「悪魔の大砲」といった表現は、カリヨがかつて描いた戦闘や模擬戦闘の作品を想起させ、戦争を作り出す、あるいは戦争を演じるという人間の気まぐれに疑問を投げかけているとも解釈されています。

どのような技法や素材が使われているのか? この作品は、「エッチング、紙」という素材と技法で制作されています。 ジャック・カリヨは、当時の版画家の中でも革新的な技法を開発したことで知られています。彼は、銅版に硬いワニスを塗る「ハード・グラウンド・エッチング」技法を用いました。これにより、非常に細く正確な線を銅板に刻むことが可能となりました。 さらに、カリヨは主要なモチーフと副次的なモチーフ、あるいは近景と遠景とで、酸による腐食の工程を複数回に分けることで、線描の太さに変化をつけ、自然な遠近感と動きのある表現を生み出しました。 「聖アントニウスの誘惑(第二作)」では、画面全体が四つの主要な明度値に分けられ、これにより奥行きのある空間表現が実現されています。例えば、前景に描かれた恐ろしい悪魔は太く密度の高い線で描かれ、対照的に背景の港の情景は繊細な線で表現されています。

どのような意味を持っているのか? この作品は、エジプトの砂漠で隠遁生活を送っていた聖アントニウスが、悪魔たちによる超自然的な誘惑に直面する様子を描いています。 聖アントニウスは禁欲的な生活を送る中で、悪魔的で幻想的な幻覚に苦しめられたとされています。 作品には、「下界の隠れた場所に巣食う、形のない亡霊や怪物たちが混沌を打ち破り、隊列を組んで致命的な毒で世界と光を汚した」と描写されるように、無数の悪魔たちが登場します。 聖アントニウスは右側の浅い洞窟に身を潜め、巨大な悪魔が蛇や奇怪な爬虫類、炎を彼に投げつけています。 また、作品の左側には、骨格の上に座り、異形の動物に引かれた女性の行列が悪魔と共に描かれています。 これら夥しい数の悪魔たちは、様々な形や大きさで、あらゆる不気味な活動に興じており、画面全体が肉体と怪物の乱痴気騒ぎの様相を呈しています。 しかし、ラテン語の銘文が示す通り、聖アントニウスは信仰を固く守り、誘惑に打ち勝つ姿が強調されています。

どのような評価や影響を与えたのか? ジャック・カリヨは、その革新的な版画技術で高く評価され、一六〇〇年代末からバロックへの移行期において、最も重要な版画家の一人とされています。 彼の作品は非常に細部まで緻密に、しかし的確な筆致で描かれており、微細なモチーフにも動きを与え、画面全体に独特の生命感をもたらしています。 「聖アントニウスの誘惑」は、美術史や文学において繰り返し描かれてきた主題であり、カリヨのこの第二作は、その中でも広く影響を与えた作品の一つです。 聖アントニウスの誘惑の主題は、マルティン・ショーンガウアー、ヒエロニムス・ボス、マティアス・グリューネヴァルトなどの著名な画家たちによっても描かれており、カリヨの作品もその系譜に連なる重要な位置を占めています。 カリヨが制作した一四〇〇点以上の膨大な版画作品は、彼が生きたロレーヌ地方だけでなく、急速にヨーロッパ各国に広まり、その名声を確立しました。