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聖母被昇天 / The Assumption of the Virgin

フェデリコ・ツッカリ / Federico Zuccari

フェデリコ・ツッカリの「聖母被昇天」について、詳細に説明します。

  1. 作品の背景、経緯、意図

    フェデリコ・ツッカリ(Federico Zuccari, 1540年頃/1541年 - 1609年)は、イタリア盛期マニエリスム後期の重要な画家であり、建築家、理論家でもありました。彼は兄タッデオ・ツッカリの工房で訓練を受け、1566年に兄が亡くなった後、その工房を引き継ぎました。ツッカリは、イタリア各地だけでなく、ネーデルラント、イギリス、スペインなどヨーロッパ中で活動し、非常に多くの宗教画を制作しました。特に、フィレンツェ大聖堂クーポラのフレスコ画をジョルジョ・ヴァザーリの死後完成させたことや、マドリードのエル・エスコリアル宮殿の装飾を手掛けたことで知られています。彼はまた、ローマでアカデミア・ディ・サン・ルカを共同設立し、その初代会長を務め、美術理論に関する論文も発表しています。この「聖母被昇天」のようなドローイングは、彼が手掛けた大規模な祭壇画やフレスコ画のための準備習作として制作された可能性があります。聖母被昇天はキリスト教の重要なテーマであり、聖母マリアがその生涯の終わりに肉体と魂を伴って天に上げられたという信仰を表しています。ツッカリは、当時の対抗宗教改革の時代において、信仰心を高めるための宗教的主題を多く描きました。この作品も、見る者に信仰の奇跡と聖母の栄光を視覚的に伝えることを意図していたと考えられます。

  2. 技法と素材

    この「聖母被昇天」は、ペン、褐色インク、褐色の淡彩(ウォッシュ)、黒チョークによるあたりづけが紙に施されています。

    • ペンと褐色インク:線描で構図の骨格や人物の輪郭、細部を描き出すために用いられます。
    • 褐色の淡彩(ウォッシュ):インクを水で薄めて塗ることで、陰影や奥行き、光の効果を表現します。これにより、単なる線画に量感と立体感が与えられます。
    • 黒チョークによるあたりづけ:下絵の段階で構図の配置や大まかな形を検討するために使われます。完成作では隠れることが多いですが、この素描ではその痕跡が残っていることから、制作過程の一端が見て取れます。
    • 紙:作品の支持体として使用されています。

    ツッカリは、ダンテの「神曲」の挿絵制作において、煉獄編では褐色インクとウォッシュを使用するなど、表現する内容に応じて異なる技法を使い分けていました。 この「聖母被昇天」の技法も、聖母の神秘的な昇天の様子を、光と影、そして柔らかな量感で表現するために選ばれたものと考えられます。

  3. 作品の持つ意味

    「聖母被昇天」の主題は、聖母マリアの死と天への昇天を描いたもので、キリスト教の教義において重要な意味を持ちます。通常、この主題の絵画では、画面下部に聖母の墓の周りに使徒たちが集まり、彼女の奇跡的な昇天を目撃している様子が描かれ、上部では天使たちに囲まれて天へと昇る聖母が描かれます。

    この作品は、聖母マリアが神によって特別に扱われ、原罪の穢れなく地上での生涯を終え、肉体と魂が共に天国に召されたことを示しています。これは、信者にとって救済と希望の象徴であり、聖母マリアの純粋さと神への献身を称えるものです。マニエリスム期の作品として、感情豊かで劇的な表現が用いられ、見る者の信仰心を刺激することを意図していると考えられます。

  4. 評価と影響

    フェデリコ・ツッカリは、ティツィアーノの死後、ヨーロッパで最も有名で影響力のある画家の一人であったとされています。 彼は兄タッデオからマニエリスム様式を吸収し、その様式をさらに発展させました。 ツッカリの「聖母被昇天」の主題に関する作品は複数存在し、プラド美術館には彼の影響を受けた「聖母被昇天」の作品が所蔵されています。

    彼のドローイングは、絵画やフレスコ画の大規模な構成を考案するための重要な手段であり、その優れたデッサン力は高く評価されています。ツッカリは美術理論書「L'idea de' scultori, pittori e architetti(彫刻家、画家、建築家のイデア)」を出版し、マニエリスムの理論を体系化したことでも知られ、後世のアカデミー教育にも影響を与えました。

    ただし、彼のマニエリスム様式は一部で形式的すぎると批判され、エル・エスコリアル宮殿での作品の一部は後に置き換えられるなど、好意的な反応ばかりではありませんでした。 それでも、彼の広範な活動と理論的貢献は、盛期ルネサンスからバロックへと移行する過渡期の美術史において重要な位置を占めています。スウェーデン国立美術館が彼の「聖母被昇天」のドローイングを所蔵していることは、彼の作品が当時のヨーロッパ全体で広く認識され、コレクションの対象となっていたことの証と言えるでしょう。