マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ (Mirdidingkingathi Juwarnda Sally GABORI)
マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリの作品「バラマンディの物語、マッケンジー川にて」について、以下の点をご説明します。
背景・経緯・意図
マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ(以下、サリー・ガボリ)は、約1924年にクイーンズランド州カーペンタリア湾のベンティンク島で生まれました。彼女はカイアディルト族の先住民であり、生涯の最初の23年間は、祖先の文化に従い、家族の主要な故郷の場所を行き来する完全に伝統的な生活を送っていました。彼女は熟練した織り手であり、ディリーバッグなどの実用的な品物を織る技術を持っていました。また、カイアディルトの歌の優れた歌い手でもありました。
しかし、1948年に干ばつやサイクロンによる洪水などの自然災害により、彼女とカイアディルト族のコミュニティ全体は、長老であるキング・アルフレッドの殺害後に、キリスト教の宣教師によって隣接するモーニングトン島へ強制的に移住させられました。この移住により、カイアディルトの人々は伝統的な生活様式や言語の喪失を強いられましたが、故郷であるベンティンク島との強い繋がりを心の中に持ち続けました。
サリー・ガボリの芸術活動は、80歳を過ぎた2005年にモーニングトン島のアーツ・アンド・クラフト・センターで絵画ワークショップに参加したことから始まりました。それまで絵画に触れる機会はほとんどありませんでしたが、織物やバスケット作りの熟練者であった彼女は、すぐに絵画を主要な表現手段として採用しました。彼女の作品は、故郷ベンティンク島の記憶、特に個人的かつ家族的に深く結びついた6つの場所(ミルディディンキ、ディビルディビ、ディンカリ、マカーキ、トゥンディ、ニンニルキ)を繰り返し描くことで、故郷への深い郷愁と文化的な繋がりを表現しています。
作品「バラマンディの物語、マッケンジー川にて」は、2008年に制作されました。マッケンジー川は特定の場所を示すものというよりは、おそらく彼女が大切にしていたベンティンク島内の水辺の場所の一つ、あるいはその近辺の場所を指していると考えられます。サリー・ガボリの絵画は、抽象的に見えながらも、彼女の土地の地形的な特徴、場所、身体的特徴、トーテム、そして家族の歴史を具体的に描いています。
技法や素材
この作品は2008年に制作され、合成ポリマー絵具と麻布(リネン)が用いられています。サイズは198.0×303.0cmと大きなスケールです。
サリー・ガボリの絵画技法は、大胆で自由な筆致と鮮やかな色彩が特徴です。彼女は正式な美術教育を受けていませんでしたが、直感的な表現スタイルを確立しました。湿った絵具をキャンバスの上で混ぜ合わせ、色調の変化を生み出すことで、ベンティンク島の地質学的・生態学的な移り変わり、例えば陸から海への移行を表現しています。硬質な色の対比は、古代の石壁の魚の罠や、海に面した崖など、何千年もの間変わらない構造物を描写しています。
彼女は大きな「棒」(筆)を使い、同じサイズのキャンバスに広範囲に色を塗ることで、その情熱と正確さを表現しました。これは、細い筆で何ヶ月もかけて絵を描くラディル族のアーティストとは対照的でした。彼女は塗料を重ね、抽象的な形で深みとコントラストのある絵画を制作しました。
意味
サリー・ガボリの作品は、故郷ベンティンク島の風景や海、そしてそこでの生活の記憶を呼び起こします。彼女の絵画は抽象的な要素を含みながらも、本質的には彼女の故郷の地形、場所、身体的特徴、トーテム、そして深い個人的・家族的な結びつきを表現しています。例えば、彼女の作品は川の流れ、川の中の島の地形、潮汐干潟、沖合の砂州、キャンプやジュゴン狩りの場所、川口のさざ波立つ砂、支柱のあるマングローブの縁、石壁の魚の罠など、故郷の質感を伝えています。
「バラマンディの物語」というタイトルは、ベンティンク島が豊かな海の生命に恵まれていたことを示唆しており、特にバラマンディという魚はアボリジニにとって重要な食料源であり、文化的な意味合いを持つ可能性があります。彼女の絵画は、色の鮮やかな飛び散りによって、豊かな海の生命を表現することもありました。
サリー・ガボリは、カイアディルト語を話す数少ない生き残りの一人であり、その伝統、物語、文化の守護者でした。彼女の絵画は、先祖の知識、伝統、白人入植以前の風景についての歌を歌い上げています。彼女は、絵を描くことで、自分の記憶や経験を共有したいという強い願望を持っていました。
評価と影響
サリー・ガボリは、2005年に絵画を始めてからわずか7ヶ月でブリスベンで初の個展を開催し、完売するなど、その短いながらも目覚ましい芸術キャリアを通じて、瞬く間にオーストラリアの現代美術界を席巻しました。
彼女の作品は、伝統的なアボリジニ美術の様式から逸脱し、記憶、アイデンティティ、故郷への憧れによって形成された独自の視覚言語を提供しました。この独自性は、従来の先住民美術の概念に挑戦し、伝統と現代を融合させたものです。
彼女の作品は国内外の主要なコレクションに収蔵されており、2016年から2017年にはクイーンズランド州立美術館とヴィクトリア国立美術館で回顧展「Mirdidingkingathi Juwarnda Sally Gabori: Dulka Warngiid – Land of All」が開催され、その評価をさらに高めました。 2022年には、パリのカルティエ現代美術財団で大規模な個展が開催され(2023年にはミラノ・トリエンナーレに巡回)、彼女が「最も偉大なオーストラリア先住民アーティストの一人」であるという評価を確固たるものにしました。
サリー・ガボリの成功は、モーニングトン島のアートシーンに大きな影響を与え、カイアディルト族だけでなくラディル族のアーティストたちにも、非先住民のアート界で成功する機会があるという信念を与えました。彼女の存在は、伝統にとらわれず、より現代的なアボリジニ美術の表現方法を探求するきっかけとなり、若い世代のアーティストにも希望と機会をもたらしました。 彼女の遺産は、回復力、場所、そして文化の記憶の永続的な力への証として、現代オーストラリア美術の展望を変革しました。
作品「バラマンディの物語、マッケンジー川にて」のような、彼女の故郷の地名やそこにまつわる物語を冠した作品は、単なる風景画ではなく、彼女の人生と人々の物語を語る記憶と感情の地図として理解することができます。 彼女の絵画は、カイアディルトの人々が世界を見る独自の視点、すなわち「見ることの文化」を伝える洞察を提供しています。