マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ (Mirdidingkingathi Juwarnda Sally GABORI)
マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリの作品「キング・アルフレッド・カントリーにある川」についてご説明します。
この作品は、2006年に合成ポリマー絵具と麻布を用いて、201.0センチメートル×101.0センチメートルというサイズで制作されました。
1.制作の背景・経緯・意図
マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ、通称サリー・ガボリは、1924年頃にオーストラリアのカーペンタリア湾に浮かぶベンティング島で生まれ、カイアディルトと呼ばれる先住民コミュニティの一員でした。彼女は80歳を超えた2005年、モーニングトン島のアーツ・アンド・クラフツ・センターで絵画制作を始め、そこからわずか10年ほどの間に約2000点もの作品を制作しました。絵画に触れる前は、伝統的なカゴやマットを編むなどして過ごしていました。彼女の絵画への興味はすぐに開花し、創作意欲が爆発したかのように一日ほぼ一枚のペースでキャンバスを制作しました。作品制作は、しばしば歌を歌ったり、人々や場所についての思い出話をしたりしながら行われました。彼女は自身のカイアディルトの言語を話す数少ない人物の一人であり、その伝統文化や物語の語り部でもありました。年を重ねるにつれて、自分の記憶や経験を共有したいという強い思いを抱くようになりました。
ガボリとカイアディルトの人々は、かつてベンティング島で伝統的な生活を送っていましたが、1947年から48年の大規模な干ばつや高潮により、メソジストの宣教師によってモーニングトン島へ強制的に移住させられました。故郷から離れて暮らすことを余儀なくされた彼女にとって、絵画は失われた故郷の風景や記憶、そしてそこに根差した家族とのつながりを表現する重要な手段となりました。彼女の作品は、故郷であるベンティング島の特定の場所や、個人的に深い意味を持つ場所の風景、海景を主題としています。これらの場所を描くことは、彼女にとって愛する人々や場所の記憶を追体験することでもありました。
「キング・アルフレッド・カントリーにある川」の「キング・アルフレッド・カントリー」は、カイアディルト語で「マカルキ(Makarrki)」と呼ばれ、サリー・ガボリの兄が生まれた場所です。カイアディルトの文化では、「ンガティ(ngathi)」という接尾辞が「〜で生まれた」という意味を持ち、人々や場所が不可分に結びついています。ガボリが特定の場所を描くとき、それはその場所に彼女をつなぐ家族の絆についても描いているのです。彼女の絵画は、しばしば抽象的でありながらも、故郷の地形、特に川の流れ、島々、潮が引いた干潟、沖合の砂州、キャンプ地、ジュゴン漁の場所、波打つ河口の砂、マングローブの縁、そして石造りの魚の罠といった要素を表現しています。したがって、この作品もキング・アルフレッド・カントリーの川の風景を通して、その土地の持つ生命力や、そこでの記憶、そして家族とのつながりを描こうとする意図が込められています。
2.技法や素材
作品には合成ポリマー絵具と麻布が使用されています。サリー・ガボリは80代で初めて絵筆を手にしましたが、すぐにその並外れた色彩感覚と構図の才能を発揮しました。
彼女の絵画スタイルは、特定のカイアディルトの美術の伝統から生まれたものではなく、彼女自身の心の中から創造されました。 描画の際には、しばしば濡れた絵具をキャンバス上で混ぜ合わせ、豊かな色調の変化を生み出します。その筆致は力強く、表現豊かで、故郷のベンティング島の地質学的、生態学的な流れを喚起させます。大胆で鮮やかな色彩のコントラストは、何千年もの間変わることのない、古代の石造りの魚の罠や海岸の崖のような永続的な自然の構造物を表現しています。
ガボリは、大きな「棒」のような筆を使って、同じサイズのキャンバスに絵具の帯を描き出すことがありました。彼女は自分が何をどこに描いているのかを正確に知っており、迷うことはほとんどありませんでした。このユニークな制作方法は、他のアーティストが細い筆で何ヶ月もかけて描くのに対し、彼女がいかに本能的に、そして情熱的に制作に取り組んでいたかを示しています。
3.作品が持つ意味
ガボリの作品は、一見すると抽象的に見えますが、その根底には故郷の地形的な参照点、場所、物理的特徴、トーテムなど、彼女自身、家族、そして「カントリー(故郷)」にとって深い意味を持つものが描かれています。
「キング・アルフレッド・カントリーにある川」は、単なる風景画ではなく、ガボリが生まれ育ったベンティング島の記憶、感情、そしてカイアディルトの人々がその土地と結びつけてきた文化的な物語を体現しています。彼女は絵画を通して、故郷の土地と海、そして自身が何者であるかを表現しました。 その作品は、愛、喪失、憧れ、そして世界における自分自身の特別な場所を守ることといった普遍的な概念にもつながっています。
特に「川」というモチーフは、生命の流れ、時間、そして故郷の豊かさを象徴していると考えられます。ガボリは、カイアディルトの人々の食料源であった魚の群れなど、豊かな海の生命を鮮やかな色彩で表現することもありました。 彼女の作品には、カイアディルト語と歌を通して、絵画と場所、そして人々との文化的なつながりを再確認する意味合いも込められていました。
4.評価や影響
サリー・ガボリは、2005年に絵画を始めてからわずか数年で、オーストラリアの現代美術界を席巻する存在となりました。彼女の作品は、先住民アートの枠を超えて、その表現力豊かなスタイルと鮮やかな色彩で世界中の注目を集めました。
2016年から17年にはクイーンズランド州立美術館とヴィクトリア国立美術館で個展が開催され、その評価を確固たるものにしました。さらに、2022年にはパリのカルティエ現代美術財団で大規模な回顧展が開催され、2023年にはミラノ・トリエンナーレでも展示されるなど、国際的な現代美術の舞台でもその存在感を強めています。
彼女の作品は、カイアディルトの伝統的な絵画の習慣がない中で、彼女自身の独自の精神から生み出されたものであり、他のアボリジナルアートとは一線を画しています。ガボリの絵画は、アボリジナルアートに対する理解を広げ、現代アボリジナルアート運動において最も重要なアーティストの一人として位置づけられています。
また、彼女の成功は、モーニングトン島の他のカイアディルトやラーディル族のアーティストたちに大きなインスピレーションを与えました。彼女が絵筆を振るう姿は、非先住民のアートの世界でも成功できるという信念を抱かせ、伝統的な枠を超えた現代的な表現方法を探求するきっかけとなりました。彼女の遺産は、次世代のアーティストたちに楽観主義と機会をもたらし、芸術活動を通じて文化を強く保つことの重要性を示しています。
「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展は、アボリジナルの女性作家に焦点を当てた日本初の展覧会であり、ガボリの作品は、土地や歴史を見つめる女性アボリジナル作家たちの「いま」を伝える重要な作品として展示されています。 彼女は、植民地化によって故郷を追われたカイアディルトの女性でありながら、80歳で絵画を始め、見かけ上の抽象性の中に故郷の土地を描き出すという、並外れた物語を持つアーティストとして高く評価されています。