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私を見つけましたね: 目に見えないものが見える時 (now you see me: seeing the invisible)

マリィ・クラーク (Maree CLARKE)

マリィ・クラークの作品「私を見つけましたね: 目に見えないものが見える時」について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳しく説明します。


作品の背景・経緯・意図

この作品は、オーストラリア先住民であるアボリジナルアーティスト、マリィ・クラークによって二〇二三年に制作されました。彼女はムッティ・ムッティ、ワンバ・ワンバ、ヨタ・ヨタ、そしてブーンウールン族の血を引くアーティストです。一九八〇年代にジュエリー制作からキャリアをスタートさせ、植民地時代に失われた地域の伝統文化を復興させる活動に、創作を通じて積極的に取り組んできました。失われた文化の再生は、彼女の芸術活動の中心をなすテーマの一つです。

「私を見つけましたね: 目に見えないものが見える時」は、メルボルンのオーストラリア現代美術センター(ACCA)で開催された「Between Waves」展のために制作された新作です。 この作品は、アーティストが長年テーマとしてきた「川の葦(リバーリード)」の系譜に位置づけられます。伝統的に、川の葦のネックレスは、安全な通行と友情の証として贈られてきました。クラークは二〇一四年から川の葦を用いた制作を行っており、巨大なネックレスを作ることで、植民地化によって失われた土地、言語、そして文化慣習の途方もない喪失について語ろうとしています。

特にこの作品の制作にあたっては、ACCAの敷地がかつて広大な湿地帯であり、川の葦で満たされていたという場所の歴史に着想を得ています。 クラークは、現在の人工的な環境において、その場所の目に見えるものと見えないもの、湿地帯のミクロな生態系について考察を深めました。そして、これまでの「巨大なスケール」から一転して「極小のスケール」へと焦点を移し、肉眼では見ることのできない、小さな世界の姿を可視化することを意図しました。 この探求のために、彼女はメルボルン大学の組織学プラットフォームと共同で、科学的なアプローチを取り入れました。

作品に用いられている技法や素材

「私を見つけましたね: 目に見えないものが見える時」は、顕微鏡写真とアセテートを素材としています。 制作過程では、科学的な組織学の手法が用いられました。まず、採取した川の葦の標本を脱水し、パラフィンワックスに包埋します。次に、機械を用いて二〇〇分の一ミリメートルという極薄の断面にスライスします。スライスされた標本は水に落ち、ガラススライドに拾い上げられた後、顕微鏡で観察されます。

アーティストの関心は、特定の生物学的ターゲットを探すことよりも、細胞構造を視覚的に魅力的な方法で捉えることにありました。そのため、植物組織学で一般的に使用される様々な染料、例えばトルイジンブルーなどを試し、色彩の変化を観察しました。 偏光子や五種類の異なるレンズを使い分けながら標本を観察することで、細胞レベルでの多様な相互作用と色彩の変容が捉えられました。 顕微鏡に接続されたカメラは、その微細な世界をコンピューターと大型スクリーンに映し出し、肉眼では捉えきれない複雑な構造を即座に可視化しました。 このようにして撮影された数百枚もの顕微鏡写真、具体的には二九七点のミクロな写真(micrographs)が、アセテートにプリントされ、作品として発表されました。

作品が持つ意味

この作品の主要な意味は、「目に見えないものの可視化」にあります。科学のレンズを通して、普段は意識することのない川の葦の内部世界、細胞や組織の微細な構造を明らかにすることで、自然界の根源的な美しさと複雑さを提示しています。

また、作品は「場所の記憶」と「文化的なつながり」を強く意識しています。かつて湿地帯であった土地のミクロなシステムを可視化することで、その場所に宿る物質的な記憶を呼び起こします。 川の葦が象徴する、アボリジナルの失われた土地、言語、文化慣習の「途方もない喪失」を語る側面と同時に、科学と芸術の融合を通じて、アボリジナル文化の回復力と新たな表現の可能性を示唆しています。

アーティスト自身は、顕微鏡を通して見た世界を「星雲、織物、目、海景、筆致、クモの巣、泡、金網、海岸線、そして銀河全体のような、様々なものに見えた。それは実に驚くべき体験だった」と語っています。 これは、単なる科学的な観察に留まらず、ミクロな視点から広がる宇宙的な広がりと、自然界の持つ多様なイメージを喚起する、多層的な意味合いを持っています。さらに、この作品は植民地化の継続的な影響に関する異文化間の対話を促進し、アボリジナルコミュニティが収奪と喪失の影響と向き合うための空間を提供するという、マリィ・クラークの長年の芸術的意図とも深く結びついています。

作品の評価や影響

「私を見つけましたね: 目に見えないものが見える時」は、オーストラリア現代美術センター(ACCA)の「Between Waves」展における主要な新作として発表され、大きな注目を集めました。 また、メルボルンのフェッドスクエアの屋外スクリーンでは、この作品を元にしたアニメーション・プロジェクション「now you see me: seeing the invisible #2」として展示され、より多くの人々がこの作品に触れる機会を提供しました。 科学と芸術の素晴らしい融合例として、その革新性が評価されています。

マリィ・クラークは、メルボルン大学の組織学部門との協働について「本当に驚くべきプロジェクトだった」と述べ、この新しい作品群を制作できたことを喜び、顕微鏡を通して明らかにされた川の葦の美しさを共有できることに興奮していると語っています。

日本では、二〇二五年六月二十四日から九月二十一日までアーティゾン美術館で開催された「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展で紹介されました。 この展覧会は、複数のアボリジナル女性作家に焦点を当てる日本で初めての機会であり、アボリジナル・アートに脈々と流れる伝統文化の息づかいを感じさせると同時に、イギリスによる植民地化を経て、どのように脱植民地化を実践し、それが現代のアボリジナル・アートを形作っているのかを考察する重要な展示となっています。 マリィ・クラークは、南東オーストラリアのアボリジナル美術と文化実践の復活において極めて重要な存在であり、彼女の作品は失われた、あるいは休眠状態にあったアボリジナル文化の要素を蘇らせ、現代に伝える上で大きな影響を与えています。