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バインド (Bind)

ジュリー・ゴフ (Julie GOUGH)

ジュリー・ゴフの作品「バインド」(2008年)について、以下の通り詳細にご説明いたします。

背景・経緯・意図

ジュリー・ゴフは、タスマニア・アボリジナルであるトラウルウウェイ族の母系子孫を持つ、タスマニアを拠点に活動するアーティスト、作家、キュレーターです。彼女の作品は、しばしば未解決の、そして抑圧されてきた歴史を明らかにし、再提示することを意図しています。特に、植民地化による暴力がオーストラリアにもたらした影響、特にタスマニアのアボリジナル民族が土地や家族から引き離された歴史に焦点を当てています。ゴフは、個人的な記憶と国家的な記憶の間に揺れ動くような、過去と現在を行き来する鑑賞体験を促すことを制作の重要な意図としています。彼女の作品は、自身の祖先とタスマニアの植民地時代の歴史を深く掘り下げた研究に基づいています。

「バインド」は2008年に制作されましたが、これは彼女がタスマニア・アボリジナルの歴史、特に植民地化による土地の剥奪や人々の分散、禁止、排除、売却といった痛ましい出来事を問い直す作品を数多く発表していた時期にあたります。ゴフは、公式の記録やアーカイブ資料を熱心に調査し、その中で見つけた情報、特に一次資料である警察の報告書などを手がかりに、歴史の空白を埋めようと試みています。彼女は、植民地時代のオーストラリアを「犯罪現場」と捉え、自らを「探偵」になぞらえて、失われた情報を探求しています。

「バインド」という作品名は、「縛る」「結びつける」といった意味を持つと同時に、歴史的な抑圧や束縛を示唆している可能性があります。ゴフは、観る者が作品を通じて、未解決の国家的な物語、つまり記憶、時間、不在、場所、表象といった物語に、自身の役割と近接性を深く理解することを促すことを目的としています。

技法や素材

「バインド」は、ブラッククロウ貝、ロマンドラ・ロンギフォリア繊維、北ミッドランドの落角、タスマニアン・オークという素材を用いて、140.0×100.0×30.0cmのサイズで制作された彫刻作品です。

ジュリー・ゴフは、多種多様な素材や手法を用いて作品を制作することで知られています。彼女の作品はインスタレーション、彫刻、ビデオ作品として発表されることが多いです。 彼女は、視覚芸術、美術館、図書館、店、庭、そして自身の祖先から得た多様な情報源から、見つけられたものや構成されたオブジェクト、技術を活用します。 特に、木、石、昆布、樹皮、貝殻といった天然素材や、既成の、時にはキッチュなオブジェクトを再利用し、それらの素材が元来持つ環境や、彼女自身や祖先がそれらの素材と出会い、行動し、痕跡を残した場所との物語を再構築します。

「バインド」で用いられている素材も、このような彼女の制作アプローチを反映しています。

  • ブラッククロウ貝(Black crow shells): 貝殻は、アボリジナル文化において伝統的に装飾品や道具として使われてきた可能性があります。自然素材を用いることで、土地との繋がりや、先住民文化の継続性を表現していると考えられます。
  • ロマンドラ・ロンギフォリア繊維(twined Lomandra longifolia): ロマンドラはオーストラリアに自生する植物で、その繊維はアボリジナル民族がバスケットや道具を作るのに伝統的に用いられてきました。この繊維が「編み込まれている(twined)」という記述は、伝統的な手仕事や技術の継承を示唆しています。
  • 北ミッドランドの落角(Northern Midlands dropped antlers): 落角(動物が自然に落とした角)は、自然界のサイクル、生と死、あるいは狩猟の歴史を暗示するかもしれません。北ミッドランドという具体的な場所の指定は、タスマニアの特定の地域と結びついた歴史や物語を想起させます。ゴフは、収集したオブジェクトの由来や内容、象徴性を重視して選ぶことがあります。
  • タスマニアン・オーク(Tasmanian oak): タスマニアン・オークはタスマニアの主要な木材の一つであり、植民地化以降の入植者がこの土地の資源を利用してきた歴史と関連付けられる可能性があります。

ゴフは、複数のオブジェクトを配置することで、視覚的に空間を活性化させる手法をよく用います。観る者が作品の周りを移動し、過去と現在、個人的な記憶と国家的な記憶の間を行き来しながら、作品の一部となることを促すのです。

意味

ジュリー・ゴフの作品「バインド」は、多層的な意味と意図を持っていますが、その中でも特に、隠されたり忘れ去られたりした歴史を明らかにし、再提示するという意図が最も重要です。 彼女は、対立し、抑圧されてきた歴史を表現し、それらに関与するための視覚的言語を開発することに重点を置いています。

「バインド」は、タスマニアの植民地時代の歴史、特にアボリジナル民族が経験した困難な過去を考察するものです。作品を構成する各素材は、それぞれが持つ物語や象徴性を持ちながら、全体としてタスマニアの土地と人々の複雑な関係性を表現しています。天然素材の使用は、先住民と土地との根源的な繋がり、そしてその繋がりが植民地化によっていかに断ち切られ、あるいは歪められてきたかを示唆しているでしょう。

作品名である「バインド(Bind)」は、「縛る」「結びつける」といった直接的な意味だけでなく、歴史的な抑圧、束縛、あるいは忘れ去られた記憶と現在を結びつけようとする作者の試みを暗示している可能性があります。また、素材を「編み込む」という行為は、バラバラになった歴史の断片を再び紡ぎ合わせようとする努力、あるいはコミュニティの再構築への願いを込めているとも解釈できます。

ゴフは、鑑賞者が作品と出会うことを、一時的にオブジェクトを所定の位置に保持し、自身が作品の一部であると認識する手段と捉えています。作品を巡り、過去と現在、個人的な記憶と国家的な記憶の間を行き来することで、観る者は未解決の国家的な物語、つまり記憶、時間、不在、場所、表象といった物語に、自身の役割と近接性を深く理解するよう促されます。

評価や影響

ジュリー・ゴフは、オーストラリア現代美術において非常に重要なアーティストとして高く評価されています。彼女の作品は、アボリジナル民族の歴史、特にタスマニアにおける植民地化の暴力を正面から見つめ、人々にその影響を問いかけるものです。 2019年には、タスマニア博物館・美術館で主要な回顧展「Tense Past: Julie Gough」が開催され、20年以上にわたる彼女の実践の集大成として絶賛されました。

「バインド」を含む彼女の作品群は、アボリジナル文化と歴史に関する意識を高め、オーストラリア社会における「真実の語り(truth telling)」の重要性を強調する上で大きな影響を与えています。 彼女の作品は、タスマニア・アボリジナルが直面した分散、禁止、排除、土地の売却といった出来事を提示し、鑑賞者に対して、私たちの絡み合った歴史を認識するよう促しています。

彼女の作品は、国立オーストラリア美術館、ビクトリア国立美術館、タスマニア博物館・美術館など、多くの主要な機関のコレクションに収蔵されています。 また、2020年にはABCテレビのシリーズ「This Place: Artist Series」で6人の先住民アーティストの一人として特集され、2021年にはオーストラリア人文学アカデミーのフェローに選出されるなど、その功績は広く認められています。

今回の「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展のように、日本で初めて複数のアボリジナル女性作家に焦点を当てる大規模な展覧会でゴフの作品が紹介されることは、彼女の国際的な評価と影響力の高まりを示しています。 この展覧会は、アボリジナル・アートが伝統文化の息吹を伝えるとともに、イギリスによる植民地時代を経てどのように脱植民地化を実践し、創造性と交差して多面的な現代のアボリジナル・アートを形成しているのかを考察する貴重な機会となるでしょう。 ゴフの作品は、これらの重要な議論の中心をなすものとして、今後も多大な影響を与え続けると考えられます。