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無題 (Untitled)

エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)

エミリー・カーマ・イングワリィの作品「無題」(1996年、合成ポリマー絵具・カンヴァス、185.0×149.0cm)について、ご質問の点に基づいて詳細に説明いたします。

どのような背景・経緯・意図で作られたのか? エミリー・カーマ・イングワリィ(1910年頃-1996年)は、オーストラリアのアボリジナル・アーティストです。彼女が絵画制作を始めたのは、およそ80歳近くになった1988年から1989年頃で、アクリル絵具とカンヴァスを用いるようになりました。その後、1996年に亡くなるまでのわずか8年間で、約3,000点以上という驚くべき数の作品を生み出しました。 この「無題」と題された作品は、彼女が亡くなった1996年に制作されたものであり、その短いながらも極めて濃密なキャリアの晩年に位置づけられます。 彼女の作品制作の根底には、自身の故郷であるアルハルケレの土地、そこに伝わるアボリジナルの創世神話である「ドリーミング」の物語、そして土地の生命力への深い敬意とつながりがありました。イングワリィの作品は、特定の物語や図像を直接的に表現するというよりも、彼女が代々受け継いできた土地の記憶や、ヤムイモなどの植物の生育サイクル、季節の移ろいといった自然の摂理を、抽象的な形態や色彩で視覚化することを意図しています。

どのような技法や素材が使われているのか? この作品には「合成ポリマー絵具・カンヴァス」が素材として使われています。これは現代のアクリル絵具を指し、アボリジナル・アートの伝統的な表現媒体(例えば、ボディペインティング、砂絵、岩絵など)とは異なる、現代的な画材です。アボリジナル・アーティストたちが国際的な現代美術の文脈で作品を発表する際に、カンヴァスとアクリル絵具が広く用いられるようになりました。 具体的な技法としては、イングワリィの作品は、時に点描や線描、あるいはそれらが入り混じった独自の表現が特徴的です。これらのパターンは、上空から見た土地の地形、地下に広がるヤムイモの根の複雑なネットワーク、雨の軌跡、あるいは儀式で身体に施される装飾などを想起させます。彼女は、これらの要素を流れるような筆致や力強い筆圧で描き出し、画面全体にエネルギーと生命感を漲らせています。

どのような意味を持っているのか? 作品名が「無題」であるため、特定の具体的な物語を指し示すものではありませんが、イングワリィの作品全体に共通する意味合いから、この作品もまた、彼女の故郷であるアルハルケレの土地との深いつながりを表現していると考えられます。 特に、ヤムイモ(ヤマノイモ)は彼女の作品における重要なテーマの一つであり、その根が地中深くに広がり、生命力を保ちながら土地を豊かにする様子は、アボリジナルの人々にとっての生命の源であり、土地との精神的な結びつきの象徴です。この作品における抽象的な点や線の配置、色彩の濃淡は、土地の表面的な特徴だけでなく、その下にある生命の営みや、目には見えないスピリチュアルなエネルギーを表現していると解釈できます。それは、アボリジナルの世界観において、自然と人間、過去と現在が一体となった、複層的な意味合いを持っているのです。

どのような評価や影響を与えたのか? エミリー・カーマ・イングワリィは、最も成功し、国際的に高い評価を確立したアボリジナル・アーティストの一人として知られています。 彼女は、1997年にジュディ・ワトソンと共に、先住民作家として初めてヴェネチア・ビエンナーレのオーストラリア館代表に選ばれました。 彼女の作品は、世界中で高い評価を受け、2008年には日本で回顧展が開催されたほか、2025年にはロンドンのテート・モダンで大規模な回顧展が開催される予定です。 イングワリィは、アボリジナル・アートが単なる民族的な美術の枠を超え、現代美術の重要な潮流として世界的に認知される上で、極めて大きな影響を与えました。彼女が伝統的なテーマや世界観を、現代的な素材と抽象的な表現で描いたことは、アボリジナル・アートの可能性を広げ、後続の多くのアーティストたちにも多大なインスピレーションを与えています。彼女の存在は、オーストラリア現代美術史においても、また国際的な現代美術史においても、重要な位置を占めています。