エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)
エミリー・カーマ・イングワリィの作品「アライチー」について、詳細を説明します。
この作品は、オーストラリア先住民の女性アーティスト、エミリー・カーマ・イングワリィが、晩年の1995年頃に制作したものです。
制作の背景、経緯、意図
エミリー・カーマ・イングワリィは、1910年頃に中央オーストラリアのユートピア地域、アルハルケレで生まれました。彼女はアンマティエール族の長老であり、生涯にわたり自身のクランの土地、アルハルケレにある女性たちのドリーミング(聖地や祖先の物語)の守護者でした。この土地と文化との深いつながりが、彼女の芸術の根源となっています。
彼女は1970年代に、政府の成人教育プログラムの一環として導入されたバティック(ろうけつ染め)を通して芸術活動を始めました。 そして、70代後半の1988年頃から、長年の儀式的な芸術活動やバティックの経験を経て、キャンバスにアクリル絵具で絵を描き始めました。 その後、彼女のアーティストとしての名声は急速に高まり、わずか8年間の活動で国際的に認められる存在となりました。
イングワリィは自身の作品について「全てだ(whole lot)」と語っており、その意図は、土地、文化、人生の全て、すなわち神話、種子、花、風、砂、そして「あらゆるもの」を表現することにありました。 彼女は、自身の芸術が超越的な現実を扱っており、全体性、つまり切れ目のない統一性を表現していることを深く認識していました。 作品名「アライチー」は、彼女のドリーミングの一つである鉛筆ヤムイモ(pencil yam)を指しますが、彼女の後期の作品は、自身の文化と土地をより広範に表現することへと発展していきました。
技法や素材
「アライチー」には、合成ポリマー絵具がキャンバスに用いられています。 [ユーザー提供情報] イングワリィの絵画技法は、豊かな層をなす筆致や点で描かれることが特徴で、多くの場合、驚くほどの速さと確かさで制作されました。 彼女の描画スタイルは、バティックの重ね塗りの透明感を反映しており、幾重にも重ねられた絵具のタッチが深みと動きの錯覚を生み出しています。 彼女は、同時代の他の砂漠の画家たちに見られるような、動物の足跡や同心円の様式化された表現は用いず、抽象的な視覚言語を確立しました。 制作の際には、しばしばキャンバスを地面に平らに置き、親族と共に大地に座って描いたとされています。
意味
作品名「アライチー」は、彼女の部族にとって重要な食料であり、ドリーミングの一つでもある鉛筆ヤムイモを具体的に指しています。 彼女の名前「カム」もまた、鉛筆ヤムイモの種子や花に由来しています。
より広く見ると、「アライチー」を含む彼女の作品群は、故郷であるアルハルケレの土地、そこに存在する植物、動物、地形といった砂漠の生態系に関する彼女の詳細な知識を体現しています。 彼女の絵画は、自身の土地、祖先の歴史、法に対する深い繋がりを表現し、全体性と切れ目のない統一性を表しています。
「アライチー」のような1995年頃の後期の抽象的なスタイルは、宇宙的な世界観や、白人とアボリジナル間の和解の表明と解釈されることもあります。 しかし、部外者にとっては、作品のより深い文化的意味合いはすぐには理解できないことが多く、それが彼女の芸術の意味についての推測や神秘化につながりました。 彼女の作品に込められた神聖な意味や象徴は、部外者には直接見せない意図があった可能性も指摘されています。
評価や影響
イングワリィは、70代後半にして一夜にして国内外で高い評価を得ました。 彼女はオーストラリアで最も重要な現代美術家の一人であり、20世紀に現れた世界的に最も重要な現代画家の一人と見なされています。 彼女のユニークなスタイルと力強い創造性は、現代アボリジナル・アートを再定義し、世界的な注目を集めました。
彼女は非常に多作で、8年間のキャリアで推定3,000点もの作品を制作しました。これは1日平均1点に相当します。 彼女の作品は、批評家、コレクター、そして同業者から即座に注目されました。 1997年には、没後にヴェネツィア・ビエンナーレでオーストラリア代表として作品が展示されました。
2008年に日本で開催された個展「ユートピア:エミリー・カーマ・イングワリィの天才」は、観客動員数で記録を塗り替え、アンディ・ウォーホル展の記録を上回りました。彼女の作品は東洋の書道と比較されることもありました。
イングワリィの作品は、オーストラリア国内外で多大な影響を与え、多くのアボリジナル・アーティストの新世代にインスピレーションを与えています。 現在開催中の「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展でも、彼女はオーストラリア現代美術を牽引し、国際的な舞台で存在感を強めるアボリジナル女性アーティストの主要な一人として紹介されています。 この展覧会は、複数のアボリジナル女性アーティストに焦点を当てた日本初の試みの一つでもあります。