エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)
エミリー・カーマ・イングワリィの作品「アルハルクラ (II)」について詳細に説明します。
1.作品の背景、経緯、意図
エミリー・カーマ・イングワリィは、一九一〇年頃にオーストラリアのノーザンテリトリー、アリススプリングスの北東約二五〇キロに位置するユートピアと呼ばれる地域、自身の父方のクラン・カントリーであるアルハルクラで生まれました。彼女はアンマチャラ族の長老であり、アルハルクラにあるドリーミング・サイトの守護者でした。彼女の芸術活動は、生涯にわたる儀式と密接に結びついています。
一九七〇年代後半、彼女はユートピアのアボリジナル・コミュニティで、成人教育の一環としてバティックの技法を学びました。一九七七年から一九八八年までの約一一年間はバティック制作に従事し、その作品は国内外で広く展示され、美術館にも収蔵されました。
八〇歳近かった一九八八年、彼女は初めてキャンバスにアクリル絵具で絵を描き始めました。バティックで培った技法と図像をすぐに新しい表現方法に適応させ、その絵画はすぐに注目を集めます。特に一九八八年から八九年にかけて制作された「エミュー・ウーマン」は、シドニーのS.H.アーヴィン・ギャラリーでの展覧会カタログの表紙を飾り、彼女の初期の代表作となりました。
「アルハルクラ (II)」は、一九九二年、彼女がオーストラリア芸術家クリエイティブ・フェローシップを受賞し、キャンベラのナショナル・ギャラリーやニューサウスウェールズ州立美術館に自身の絵画が展示されているのを見てユートピアに戻った直後に描かれました。この受賞と自身の作品への高い評価を経験した後、彼女の創作意欲は再び高まり、絵画のスタイルは新たな方向へと進化し始めます。
「アルハルクラ (II)」は、この時期に生み出された作品であり、彼女の生まれた土地であるアルハルクラの風景、季節の循環、乾いた土地、氾濫する水や雨の流れ、種子や植物のパターン、そして土地に宿る精神的な力を表現するものです。作品名にある「アルハルクラ」は、彼女の故郷であり、彼女がその土地と人々、そしてその土地に根付く精神的なものとの間の、時間を超えたつながりを象徴しています。
2.技法や素材
この作品は、一九九二年に合成ポリマー絵具と綿布(キャンバス)を用いて制作されました。サイズは、一六九.五センチメートル×二二六.五センチメートルです。 [作品詳細]
エミリー・カーマ・イングワリィは、八〇代になってからアクリル絵具を使った絵画制作を開始しましたが、その短いキャリアの中で三〇〇〇点以上の作品を制作したと推定されています。 彼女は、従来の砂漠の画家が用いる動物の足跡や同心円状の模様といった様式化された表現ではなく、豊かに重ねられた筆致や点描を抽象的な構図全体に採用しました。
彼女の絵画技法は、一九八九年から一九九二年にかけて、初期のバティック制作で培われた点描の力強さをキャンバス上で表現することへと発展しました。この技法によって、彼女は色彩と動きの壮大な広がりを表現する自由を見出し、力強く絵具を塗りつけたり、線状に塗られた絵具が重なり合ったりする、奔放な絵画的エネルギーに満ちた作品を生み出しました。
彼女は絵具を様々な道具で自由に扱い、色彩感覚とダイナミックな構図は国際的な名声を獲得しました。 彼女の作品は、抽象表現主義の作品と容易に比較されますが、イングワリィ自身は西洋の美術界にほとんど影響を受けていませんでした。 彼女の絵画は、肌と土、人々と故郷との間の目に見える連続性を比喩的に表し、アルハルクラという彼女の故郷との間に存在する、時間を超えたつながりを表現しています。
3.作品が持つ意味
「アルハルクラ (II)」は、エミリー・カーマ・イングワリィが自身の故郷である「アルハルクラ」と深く結びついていたことを示しています。彼女の絵画は、この土地への相互連結の具体的な表現であり、故郷、アウェリエ(アンマチャラ族の女性の法儀式)、そして自己という形而上学的な三位一体の壮大な具現化であると言えます。彼女の名前である「カメ」もまた、アルハルクラ全域に生息する野生の鉛筆ヤムイモの種子「アトゥヌラレ」に由来しており、この植物は彼女の最も重要なドリーミングの一つでした。
作品は、故郷の自然のサイクル、特に雨季と乾季の移り変わりを表現していると考えられています。緑色は雨季に咲き乱れる野花を、黄色の点はヤムイモの植物を、赤色は赤い砂と黄土を、そして茶色は太陽の下で地が割れる長い乾季を想起させます。また、白色は彼女のドリーミングであるヤムイモの種子への敬意を表しています。
彼女の作品は、土地の輪郭、季節のサイクル、乾いた土地、洪水や豪雨の流れ、種子や植物の模様、そして土地に宿る精神的な力への応答であり、アボリジナル・オーストラリア人の芸術に対する私たちの見方に疑問を投げかけるユニークな土地のビジョンを提示しています。
4.評価や影響
エミリー・カーマ・イングワリィは、一九九〇年代にオーストラリアを代表する現代画家の一人として台頭しました。 八〇歳で本格的に絵画制作を始めた彼女が、その短いキャリアの間に三〇〇〇点以上の作品を生み出したことは、前例のないことです。 彼女の作品は、伝統的なアボリジナル図像をアクリル絵画に変換したものであり、西洋のモダニズム抽象画における主要な発展と驚くほど類似しています。この二つの異なる視覚的伝統の中で、彼女の芸術が信憑性を獲得したことはユニークです。
「アルハルクラ (II)」が制作された一九九二年には、オーストラリア芸術家クリエイティブ・フェローシップを受賞し、一九九七年にはヴェネツィア・ビエンナーレに選出されるなど、キャリアの早い段階からその重要性が認められました。
二〇〇七年には、彼女の作品「アース・クリエイション」がオーストラリアの女性芸術家の作品として初めて一〇〇万ドル以上の価格で落札されました。
彼女の作品は、単に抽象芸術を異なる視点で見せるだけでなく、より重要なことに、風景を異なる視点で見せることによって、オーストラリアの抽象画家の中でトップの地位を確立しました。 彼女の芸術は、土地と生命の連続性の一部であることの全体的なビジョンを持っており、「すべて」を包含すると評されています。
エミリー・カーマ・イングワリィの芸術は、その死から二五年以上が経過した現在でも、多くの人々を魅了し続けており、その影響力は衰えることがありません。 彼女の作品は、アボリジナル文化の地位と認識を大きく変革し、オーストラリアの先住民族が故郷と結びついている精神的な絆を鑑賞者に伝える超越的な力を備えています。