エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)
エミリー・カーマ・イングワリィによる作品「アウェリェ」は、オーストラリアのアボリジナル・アートを代表する作品の一つであり、その背景、技法、意味、そして後世への影響は多岐にわたります。
作品が作られた背景・経緯・意図
エミリー・カーマ・イングワリィ(Emily Kam Kngwarreye)は1910年頃に生まれ、正規の美術教育を一切受けることなく、70歳を過ぎてから絵画制作を開始しました。彼女はオーストラリアの先住民であるアボリジニのアンマチャリー族の管理者であり、生涯のほとんどを故郷アルハルクラで過ごしました。1977年、政府の教育プログラムの一環として、美術・工芸のワークショップが開催されたことが、彼女が芸術家となるきっかけとなりました。当初はろうけつ染めで作品を制作していましたが、1988年から1989年頃からはキャンバスにアクリル絵具で描くようになりました。作品名である「アウェリェ(Awelye)」とは、故郷への敬意を表すための儀式のことで、アボリジニの女性たちが砂の上や自身の体に描く絵や模様を指します。イングワリィは、この儀式に由来するデザインを絵画作品に取り入れています。この時期は彼女が本格的に絵画制作を開始した初期にあたり、短期間に多数の傑作を生み出したことで知られています。彼女は1996年に亡くなるまでの8年間で、約3000点以上の作品を制作しました。,
どのような技法や素材が使われているのか
「アウェリェ」は1989年に、合成ポリマー絵具(アクリル絵具)と麻布(リネン)を用いて制作されました。作品のサイズは166.0×128.0cmです。エミリー・カーマ・イングワリィの作品、特にこの時期の「アウェリェ」シリーズでは、ドット(点描)とライン(線)が特徴的な技法として用いられています。アボリジナル・アートの伝統的な表現技法である点描を基盤としながらも、彼女独自の自由でダイナミックな筆致によって、抽象的ながらも有機的な世界観が表現されています。その色彩は豊かで、時に力強く、時に繊細な点の集合が、画面全体に広がるエネルギーを生み出しています。
どのような意味を持っているのか
エミリー・カーマ・イングワリィの作品は、一貫して彼女の故郷であるアルハルクラを主題としています。彼女の描く「アウェリェ」は、単なる模様ではなく、アボリジニの文化において重要な意味を持つ儀式や土地、植物、動物、そして先祖の物語や精神世界を表現しています。画面に広がる点や線は、大地に存在する様々な要素、例えばヤムイモの根や花、水の流れ、あるいは夢の時間の痕跡などを象徴していると解釈されています。彼女の作品は、自然とのつながり、コミュニティの歴史、そして先住民としてのアイデンティティを視覚的に伝える役割を果たしています。
どのような評価や影響を与えたのか
エミリー・カーマ・イングワリィは、最も成功したアボリジナル作家の一人であり、国際的に高い評価を確立しました。彼女の作品は、アボリジナル・アートが現代美術の文脈で再評価されるきっかけの一つとなりました。1980年代から90年代にかけて、アボリジナル・アート、特に女性作家による作品が注目されるようになり、オーストラリア国内の美術館でも積極的に紹介されるようになりました。 イングワリィの作品は、その抽象性、力強い表現、そしてアボリジニの伝統文化と現代美術の要素を融合させた独自のスタイルによって、世界中の美術評論家やコレクターを魅了しました。2008年には日本で回顧展が開催され、さらに2025年にはテート・モダンで大規模な回顧展が開催される予定があるなど、その評価は現在も高まり続けています。彼女の作品は、アボリジナル・アートの多様な姿や、先住民女性たちの創造性と力強さを世界に示し、後進のアーティストにも大きな影響を与えています。,