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ワイルド・オレンジのドリーミング (Wild Orange Dreaming)

エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)

エミリー・カーマ・イングワリィによる「ワイルド・オレンジのドリーミング」は、オーストラリアのアボリジナル・アートの中でも特に重要な作品の一つです。この作品は、イングワリィがアクリル絵具でキャンバスに絵を描き始めた初期の作品であり、彼女の芸術家としての名声を確立するきっかけとなりました。

作品が作られた背景・経緯・意図

エミリー・カーマ・イングワリィは、1910年頃にオーストラリア中央砂漠のユートピア地域にある自身の父系の氏族の土地、アルハルケレで生まれました。彼女は伝統的なアボリジニの儀式的生活の中で育ち、その生涯の大半を西洋文化の影響を受けることなく過ごしました。彼女は、女性の儀式であるアウェリエ(身体装飾)を通じて、すでに熟練したアーティストでした。アウェリエでは、女性たちは祖先の物語や土地とのつながりを表現するために、土から採れる顔料を使って体にドリーミングのデザインを描きました。

イングワリィが現代美術の分野で絵画を制作し始めたのは、70代後半という晩年になってからです。1977年にユートピア地域の女性たちがバティック制作のワークショップに参加したことをきっかけに、彼女たちはユートピア女性バティックグループを結成しました。 その後、1988年頃にイングワリィは初めてアクリル絵具とキャンバスでの絵画制作を経験し、バティックで培った技術と図像をこの新しい媒体に迅速に適応させました。

「ワイルド・オレンジのドリーミング」は1989年に制作された作品で、イングワリィがアクリル絵具での制作を開始して間もない時期にあたります。この時期の彼女の作品は、伝統的な身体装飾の図像である「アウェリエ」を革新的に用いていることが特徴です。 彼女の作品は、1989年にシドニーで開催された「ユートピアの女性たち」展で広く注目を集め、彼女はたちまちにして国内外で高く評価されるアーティストとなりました。

この作品の意図は、アボリジニの根源的な概念である「ドリーミング(Altyerr)」を視覚的に表現することにあります。ドリーミングとは、天地創造の神話にまつわるものであり、アボリジニ社会における重要な宗教的概念です。 それは単なる過去の物語ではなく、人、場所、慣習を結びつける根源的な物語であり、土地における生命の継続そのものを意味します。 イングワリィにとって絵を描くことは、ドリーミングの儀式の一部であり、精神的な行為でした。 彼女の作品は、カントリー(土地)を生かし続けるという責任から生まれており、それぞれの描線は知識、儀式、そして相互のつながりから来ています。

技法や素材

「ワイルド・オレンジのドリーミング」は、1989年に合成ポリマー絵具(アクリル絵具)を麻布(リネン)に描かれた、89.7×120.0cmの作品です。 [作品詳細]

イングワリィは、キャンバスを地面に平らに置き、ブラシ、棒、そして指先を使って描きました。 彼女の初期の作品には、細いブラシと重ねられた点の技法が見られますが、1992年頃からはより大きなブラシを使い、花のような形の筆跡を生み出すようになります。 「ワイルド・オレンジのドリーミング」は、初期の作品群に見られる、画面の端まで広がる筆跡と、限定された色使いが特徴的です。

アボリジニ・アートの点描画は、一見抽象画のように見えますが、その構成要素は全て自然とのつながりを表象しており、それぞれの模様に重要な意味が込められています。点の配置や色使いには強い意味が込められています。

意味

「ワイルド・オレンジのドリーミング」は、イングワリィの母系の氏族の土地であるアルハルケレのドリーミング、特にワイルド・オレンジ(ブッシュプラム)に関連する物語や知識を表現しています。イングワリィのミドルネームである「カム(Kam)」は、彼女のトーテムであり、作品制作の動機となったヤムイモの種子を表します。 ヤムイモのドリーミングも彼女の作品の重要なテーマの一つです。

アボリジニのアーティストにとって、ドリーミングは過去の出来事ではなく、現在に生きる精霊的な物語であり、天地創造の神話に基づいています。 イングワリィの絵画は、彼女の故郷の儀式、栽培と収穫、精神的な力、そして古くからの伝承に対する深い知識から生まれています。 彼女は、砂粒や種子から広大な空や地形まで、「すべて(the whole lot)」を同時に表現しようとしました。 「ワイルド・オレンジのドリーミング」もまた、自身のカントリーの生命力、儀式、そしてドリーミングの物語を視覚化したものと言えるでしょう。

評価や影響

エミリー・カーマ・イングワリィは、現代オーストラリア美術において最も重要なアーティストの一人として歴史に名を刻んでいます。 彼女は70代後半から絵を描き始め、わずか8年の活動期間に3,000点以上もの作品を制作したと推定されており、その制作ペースは驚異的です。

「ワイルド・オレンジのドリーミング」が制作された1989年、彼女のアクリル絵画はシドニーで発表され、瞬く間に広く知られるようになりました。 彼女の作品は、伝統的なアボリジニの図像を現代的な形式に変換した、鮮やかな描写で注目を集めました。

彼女の芸術は、オールドとニュー、先住民と非先住民を結びつけるものとして評価され、20世紀のモダンな抽象画と並行して見られることもあります。 しかし、彼女の作品は西洋の抽象芸術の規範に属するものではなく、彼女はモダニズムからではなく、ドリーミングから生まれたと明確に指摘されています。 彼女の作品は、西洋の抽象表現主義のキャンバスと見間違われることもありますが、そのタイトルが示すように、アボリジニの物語や土地への献身に深く根ざしています。

イングワリィの作品は、アボリジニ・アートが西洋の抽象芸術の美学と、アボリジニの文化的伝統の普遍的な原則の両方において交渉の余地を持つことを示し、多くのアボリジニ以外のオーストラリア人が先住民芸術の力を感じるきっかけとなりました。 彼女は世界で最も高く評価されているアボリジニの芸術家の一人であり、その貢献は文化的な実践、精神性、そして「カントリー」の力強い表現として、現在も多くの人々にインスピレーションを与え続けています。