エミリー・カーマ・イングワリィ (Emily Kam KNGWARRAY)
Emily Kam KNGWARRAYの1989年の作品「無題」について、詳しく説明します。この作品は、展示会「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」で紹介されたものです。
どのような背景・経緯・意図で作られたのか? エミリー・カーマ・イングワリィは、オーストラリア中央砂漠の先住民であるアボリジナルアーティストです。彼女は1910年頃に生まれ、その生涯のほとんどを伝統的なアボリジナル文化の中で過ごしました。彼女が本格的に絵を描き始めたのは、70歳を過ぎてからという異色の経歴を持っています。 彼女の作品は、アボリジナル・アート運動の中でも、特に「ユートピア・アート」と呼ばれる動きの中で発展しました。これは、アボリジナルの人々が自らの土地の権利を主張し、文化的なアイデンティティを表現するためにアートを用いるようになった流れの一環です。 「無題」の作品が作られた1989年は、エミリーがバティックからキャンバス絵画へと移行する過渡期にあたる、非常に重要な時期でした。この頃、彼女は初めて国外の展示会で紹介され、国際的な注目を集め始めます。 彼女の制作の意図は、祖先から受け継いだ自身の「アウェリェ」と呼ばれるカントリー(土地)の知識、儀式、植物、動物、そして「ドリーミング」(創造神話)の物語を視覚的に表現することにありました。彼女にとって絵を描くことは、単なる芸術活動ではなく、自らの文化、アイデンティティ、そして土地との深いつながりを維持し、伝える手段だったのです。特にバティックは、女性たちが伝統的に身につける衣服の装飾として用いられてきたものであり、彼女の作品もまた、女性たちの儀式や共同体との関連が深いとされています。
どのような技法や素材が使われているのか? この作品は「バティック・絹(Batik on silk)」という技法と素材で制作されています。 バティックは、布地に蝋で模様を描き、その後に染料で染め、蝋を除去することで模様を浮き上がらせるインドネシア発祥の伝統的な染色技法です。エミリーは1970年代後半から1980年代にかけて、ユートピア地域の女性たちと共にバティック制作に取り組んでいました。彼女の初期の芸術活動の中心は、このバティック作品でした。 絹は、その滑らかな質感と染料の吸いやすさから、バティック制作に適した素材として選ばれました。布地のサイズは368.0×90.0cmと大きく、彼女の作品の特徴である広大な表現を可能にしています。蝋と染料を巧みに使い分け、点描や線描によって複雑で流動的な模様を生み出しています。
どのような意味を持っているのか? エミリーの作品は、彼女の故郷である「アウェリェ」の風景、植物、水の流れ、種子、ヤムイモの根、そして先住民の儀式や歌に登場するモチーフを抽象的に表現しています。 「無題」というタイトルは、アボリジナル・アートにおいてよく見られるもので、鑑賞者自身の解釈を促すとともに、特定の物語に限定しない汎用性を持たせています。しかし、彼女の作品は、見る人にとっては抽象画であっても、エミリー自身にとっては、自身のカントリーの地図であり、歴史であり、精神世界そのものでした。 点や線は、地面の上の足跡、川の流れ、植物の成長、あるいは儀式の参加者の身体のペインティングなどを象徴していると考えられます。彼女の作品の力強さは、カントリーへの深い知識と、それを表現する情熱に裏打ちされています。
どのような評価や影響を与えたのか? エミリー・カーマ・イングワリィは、オーストラリアを代表する最も重要なアボリジナル・アーティストの一人として国際的に高い評価を受けています。彼女の作品は、その色彩の豊かさ、大胆な筆致、そして深い精神性によって、美術界に大きな衝撃を与えました。 特に、彼女が短期間でバティックからキャンバス絵画へと移行し、その後もスタイルを常に変化させ続けたことは、その創造性の証として注目されています。彼女の作品は、単なる民族的なアートとしてではなく、現代美術の文脈においても革新的なものとして評価されています。 「無題」のような初期のバティック作品は、後のキャンバス作品に見られるような壮大なスケールの抽象表現の萌芽を示しており、彼女の芸術的発展の重要な段階を記録しています。 彼女の成功は、アボリジナル・アートが国際的な現代美術市場で正当に評価されるきっかけの一つとなり、他の多くのアボリジナル・アーティストにも道を開きました。彼女の作品は、オーストラリア内外の主要な美術館に収蔵されており、その影響は現代のアボリジナル・アートの動向に深く刻まれています。