ジュディ・ワトソン (Judy WATSON)
ジュディ・ワトソンの作品「アボリジナルの血の優位性 (a preponderance of aboriginal blood)」について、以下の詳細を説明します。
作品が作られた背景・経緯・意図
この作品は、2005年にクイーンズランド州立図書館から、クイーンズランド州における女性参政権制定100周年とアボリジナル参政権制定40周年を記念する展覧会「sufferance: women's artists' books」のために委嘱されたアーティストブックです。ワトソンは当初、この依頼を断ろうとしていましたが、ある講義で、アボリジナル女性で元公文書管理官のロリス・ウィリアムズ氏が「a preponderance of aboriginal blood(アボリジナルの血の優位性)」という言葉を使ったのを聞き、この作品を制作することを強く決意しました。彼女はこの作品を、歴史の隠蔽を明らかにしてきたすべての作家、芸術家、研究者、教育者、司書に捧げています。この言葉は、アボリジナルであるという理由でアボリジナルが投票権を否定される際に使われた、当時の法的な用語でした。クイーンズランド州では、すべてのアボリジナルおよびトレス海峡諸島民のオーストラリア人に完全な投票権が与えられたのは1965年までずれ込みました。作品の根底には、アボリジナルに対する公的かつ法的な差別の歴史に立ち向かうという強い意図があります。ワトソンは、公文書の「美しく古風な」見た目と、アボリジナルを支配し、他の住民に与えられた市民権を否定するための「恐ろしい内容」との対比に注目しました。彼女は「この資料を、私の家族、そしてすべてのアボリジナルに対しての深い個人的な痛みとともに見ている」と述べています。
どのような技法や素材が使われているのか
この作品は、16枚のエッチングと7枚の銅板で構成されています。主な素材は、シン・コレ(バナナ繊維、混合繊維紙)・マグナーニコットン紙、そして銅板エッチングです。 [作品詳細] ジュディ・ワトソンは、クイーンズランド州立公文書館から入手した公文書、手紙、選挙人登録規定のコピーを使用しています。これらの文書は、人々が「純血のアボリジナル」(投票権なし)か「混血」(投票権あり)かを分類し、1960年代まで続いたアボリジナルに対する法的差別を裏付けるものでした。ワトソンは、これらの公文書を薄い紙に複写し、その上に赤インクの飛沫のような、血を思わせるエッチングを重ねています。この重ね刷りには、紙の繊維を挟み込む「シン・コレ」という技法が用いられています。ワトソンは、公文書資料自体が持つ「潜在的な力」を尊重し、内容を大きく変えることなく、その「滲み出し」が十分な表現になると考えていました。エッチングという、銅板を刻み、腐食させることで図像を生み出す制作行為自体が、記憶と暴力の痕跡を表す手法として用いられています。
どのような意味を持っているのか
作品タイトルである「a preponderance of aboriginal blood(アボリジナルの血の優位性)」は、家族の両側にアボリジナルの血が流れていることを指し、かつてアボリジナルが投票権を否定される際に用いられた法的用語でした。 この作品の主要な意味は、オーストラリアにおけるアボリジナルに対する制度的な差別と、それに伴う苦痛を明らかにすることにあります。ワトソンは、公文書に血のような赤いインクの染みを重ねることで、アボリジナルが受けた痛みや苦しみ、そして「血の量」によって人々が分類された歴史を象徴的に表現しています。 文書が持つ「美しく古風な」見た目と、その「恐ろしい内容」との対比は、オーストラリアの歴史の根底にある、組織的かつ公的な差別の実態を浮き彫りにしています。この作品は、国家が人種に関する定義や分類を政治的な目的のために操作し、人々から人権を奪ってきたということを具現化しています。 ワトソンは、公文書を「非常に強力で抑圧的」であり、「その網に囚われたすべてのアボリジナルにとって、制約と統制の時代を決定づける『重み』を持つ」と表現しています。
どのような評価や影響を与えたのか
「アボリジナルの血の優位性」は、オーストラリアの民主主義における人種差別政策の残酷な矛盾を露呈する、強いインパクトを持つ作品として評価されています。 この作品は、アボリジナルの人々と彼らの土地との関係、そして現代オーストラリア社会における植民地時代の遺産を探求しています。 作品は、アボリジナルが自分たちの尊厳や土地、そして生がいかに踏みにじられてきたかという記憶と歴史を、確かな強度で立ち上がらせるものとして受け止められています。そこには、集合的な怒りと、そして未来への希望の精気が込められていると評されています。 この作品は、ジュディ・ワトソンがアボリジナルとしての自身のルーツを探求し、集団的記憶と公文書を利用して制度化された差別を明らかにするという、彼女の芸術活動の重要な側面を示しています。 「アボリジナルの血の優位性」は、オーストラリアの現代美術において、植民地化と差別の歴史に光を当て、アボリジナルの声と視点を前面に出す作品として、重要な影響を与えています。この作品は、見る者に対し、過去の不公正に直面し、現在の社会における「脱植民地化」の問いを投げかけることを促しています。
この作品は、オーストラリア現代美術館とテート美術館が共同で購入し、2016年に収蔵されています。