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バラジャラ (Baratjala)

ノンギルンガ・マラウィリ (Nongirrna MARAWILI)

ノンギルンガ・マラウィリ氏の作品「バラジャラ」について、その背景、経緯、意図、技法、素材、意味、そして評価と影響についてご説明します。

  1. 作品の背景・経緯・意図

ノンギルンガ・マラウィリ氏(1939年頃生まれ、2023年没)は、オーストラリア北東部のアーネムランド地方イイルカラを拠点に活動した、ヨルング族の著名なアーティストです。彼女はマダッパ・クランに属し、幼少期に父親とともにキャンプ生活を送ったバラジャラという場所からインスピレーションを得て、この作品を制作しました。マラウィリ氏は、自身の文化、歴史、そして周囲の環境に対する深い理解を作品に反映させています。彼女は、単に場所を記録するのではなく、風や水、目に見えない力によって生命が吹き込まれる生き生きとした風景のダイナミズムを捉え、非常に個人的な芸術的ビジョンを表現することを目指しました。作品の制作は2015年頃からバラジャラを主題として始められ、特に、父の名前でもある「ライトニング・スネーク(雷の蛇)」が放つ稲妻に焦点を当てています。

2018年からは、リサイクルされたプリンター用インクを使用するという画期的な手法を取り入れ始め、これは彼女の制作において重要な転換点となりました。これは、「土地を描くなら土地の素材を使うべきだ」というヨルング族の長老たちの哲学にも合致するものでした。

  1. 技法や素材

「バラジャラ」は2019年に制作され、天然顔料と再利用されたプリンター用インクを樹皮に用いて描かれています。 [作品詳細] 樹皮に天然顔料で彩色する「バーク・ペインティング」は、アーネムランド地方に伝わる伝統的な絵画手法です。 マラウィリ氏の作品では、特に使用済みのプリンターカートリッジから回収されたマゼンタインク(鮮やかなピンク色)が特徴的に用いられています。 このマゼンタは、クインアクリドンという有機分子から作られた顔料で、屋外塗料やインクジェットプリンターのインクにも含まれています。 彼女は、ユーカリの樹皮にこれらの素材を使い、描画にはヒトの毛髪で作られた非常に細い筆「マルワット」を使用することもありました。 作品の構図は、ヨルング族の伝統的な横断ハッチング(ミニュンジ)を用いず、より簡潔に構成されています。これにより、聖なるアイデンティティをコード化するのではなく、土地、海、空を形作る自然の力の相互作用に焦点を当てた世俗的な視点が表現されています。

  1. 意味

この作品「バラジャラ」は、マラウィリ氏の故郷であり、幼少期に父親と共に過ごしたマダッパ・クランの土地、バラジャラの岩と水をテーマにしています。 バラジャラは、サイクロン、ワニ、巨大な潮流、激しい海流に見舞われる水域であり、マカッサルからの船乗りたちがナマコを準備するために野営した停泊地でもありました。 絵画は、波が部分的に水没した岩に打ち寄せる様子と、マゼンタ色の背景を横切る稲妻を描いています。 マラウィリ氏自身は、自身の絵画について「水のデザインを描く。高潮時に水が岩に打ち寄せ、飛沫が空に舞い上がる様子だ」と語っています。また、岩に付着するフジツボも描かれていると説明しています。

この作品に描かれる稲妻は、彼女の父の名前と同じ、雷の蛇「ムンドゥクル」が放つものであり、マダッパ・クランの精神的・日常的な生活において重要な要素です。 稲妻は、神聖な言葉が雷の形となって空に放たれる様を表し、そのエネルギーが海面に衝突する岩から立ち上るしぶきと混ざり合って描かれています。

マラウィリ氏は、「私の描く絵は聖なるものではない。父の絵を盗むことはできない」と述べ、男性にしか語れない深い物語や聖地は男性に属するものであり、自身は物語の「表面」である水や岩の様子を描いていると説明しています。 彼女は、自分のアイデアを外側から表現し、深い基礎や聖なる場所は男性のみのものであるとしています。

  1. 評価や影響

ノンギルンガ・マラウィリ氏は、現代オーストラリア美術において最も重要なアーティストの一人と見なされています。 彼女の作品は、伝統的なヨルング族の芸術の枠組みを保ちつつ、リサイクルインクのような現代的な素材を取り入れることで、アボリジナル・アートの可能性を広げた革新者として注目されています。

彼女は2015年と2019年にテルストラ全国アボリジナル&トレス海峡諸島民美術賞のバーク・ペインティング部門を二度受賞し、2019年にはニューサウスウェールズ州立美術館のウィネ・プライズの一部であるロバーツ・ファミリー・アボリジナル&トレス海峡諸島民賞も受賞するなど、数々の栄誉に輝きました。

「バラジャラ」(2020年制作の同名作品)は、2022年にテート・モダンとオーストラリア現代美術館(MCA)によって共同購入され、彼女の作品が国際的な主要美術館のコレクションに収蔵されるに至りました。 これは、オーストラリア現代美術における彼女の地位と、国際的な評価の高さを示すものです。

2018年にはニューサウスウェールズ州立美術館で大規模な個展「From My Heart and Mind by Nonggirrnga Marawili」が開催され、そのキャリア全体を網羅する展示が行われました。 彼女はまた、2020年のシドニー・ビエンナーレにも主要なインスタレーションを出展しています。

アーティゾン美術館で開催される「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展は、複数のアボリジナル女性作家に焦点を当てた日本初の展覧会であり、マラウィリ氏の作品もその中で重要な位置を占めています。 この展覧会は、アボリジナル・アートが国際的な現代美術の文脈で再評価される近年の動向を反映しており、彼女の作品は、植民地化の歴史を経て、いかに脱植民地化を実践し、創造性と交差して多面的な現代アボリジナル・アートを形成しているかを考察する上で重要な一例とされています。

マラウィリ氏の力強く洗練された作品は、文化、歴史、環境に対する生来の理解を反映し、強い文化的結びつきを暗示しつつも、芸術的な境界を曖昧にするものであり、彼女はオーストラリアのアートシーンを牽引する存在として、また国際的な現代美術の舞台で強い存在感を放つアーティストとして認識されています。