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ジャプとバラジャラ (Djapu and Baratjala)

ノンギルンガ・マラウィリ (Nongirrna MARAWILI)

ノンギルンガ・マラウィリの作品「ジャプとバラジャラ」について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳細にご説明します。

作品の背景・経緯・意図

ノンギルンガ・マラウィリは、一九三九年頃にダーピラで生まれ、生涯をオーストラリア北東部アーネムランドのイイルカラを拠点に活動した、ヨルング族のマダーパ氏族に属する、尊敬される長老であり優れた現代美術家です。彼女の父親は著名な芸術家で戦士のムンドゥクルでした。幼少期は「ワキル」と呼ばれる遊牧生活を送り、バラジャラを含むマダーパ氏族ゆかりの地でキャンプをしながら育ちました。

マラウィリは一九八〇年代に樹皮絵画の制作を始め、夫であるジャプ氏族のジュタジュタ・ムヌングールのアート制作を助ける中で技術を習得しました。この時期の活動は、伝統的に男性に限定されていたドゥワ・ジャプ氏族の文様を描く許可を得ることで、ヨルング族のアート実践の活性化とジェンダーの壁を打ち破る上で重要な役割を果たしました。 夫の死後、二〇〇五年からイイルカラのブク・ラーンガイ・ムルカ・センターで本格的に絵画制作を開始しました。

彼女の作品は非常に個人的なもので、自身の周囲の環境、歴史、文化からインスピレーションを得ています。特に、サイクロンや大きな潮、雷雨に見舞われることで知られる故郷のバラジャラの地を描くことを好みました。 マラウィリの意図は、風、水、雷といった大気の効果や、生きている景観のダイナミックな相互作用を捉えることにありました。 彼女は「もし土地を描くなら、その土地の素材を使うべきだ」というヨルング族の哲学を自身の制作に取り入れています。

この作品「ジャプとバラジャラ」も、彼女の故郷バラジャラの地とそこに根ざした物語に深く結びついています。マラウィリは、男性に伝承されるより深遠で神聖な「ミヌィトジ」(交差ハッチング模様)ではなく、岩に打ち寄せる波や水しぶき、目に見える雷といった「表面」の様子を描くことに意識的に焦点を当てました。これは、ヨルング族の法を尊重しつつ、女性としての独自の表現方法を確立しようとする彼女の姿勢を示しています。

使われている技法や素材

「ジャプとバラジャラ」は、天然顔料と、再利用されたプリンター用インクが樹皮に描かれています。 [作品詳細] マラウィリは、自身の周囲の環境から採取した天然の土顔料(黄土、木炭、白土など)を伝統的に使用してきました。 これに加え、二〇一七年または二〇一八年頃から、廃棄されたプリンターカートリッジから取り出したマゼンタ(ピンク色)のインクを顔料として使い始めました。これは彼女の芸術実践における重要な転換点となり、樹皮絵画への革新的なアプローチを示しています。 この新しい素材の導入は、伝統的なヨルング族の長老たちの「もし土地を描くなら、その土地の素材を使うべきだ」という方針とも合致しています。

彼女の技法は、有機的な形、ジェスチャーによる線描、そして脈動するような有機的なパターンが特徴です。 「ジャプとバラジャラ」の構成は、彼女の作品群に見られるように、ジャプ氏族とマダーパ氏族の意匠をその本質的な要素にまで凝縮したものです。 この作品では、伝統的な神聖な交差ハッチング模様である「ミヌィトジ」は用いられず、マゼンタの鮮やかな部分を大胆に残しつつ、点や縞模様の使用を抑えた簡素な構図となっています。 彼女の描く線は、父や家族の神聖な氏族文様である「ミヌィトジ」から着想を得て、ギザギザの平行線から規則的な点線の連なり、そして緩やかな菱形の連なりへと変化していきます。

作品が持つ意味

「ジャプとバラジャラ」という作品名は、バラジャラというマダーパ氏族の重要な沿岸地域と、マラウィリの夫が属していたジャプ氏族とのつながりを示唆しています。この作品は、マラウィリが幼少期を過ごしたバラジャラの地が持つ、強大な自然の力を描いています。

作品は、岩に打ち寄せる波、稲妻、そして海のしぶきといった、この地の強力な自然現象を表現しています。 雷(グイクスン)はマラウィリの作品の繰り返し現れるテーマであり、彼女の父親の名前「ムンドゥクル」(雷のヘビ)や、空に稲妻を吐き出すとされる祖先のヘビと結びついています。 これらの描写は、大地、海、空の間に存在する深い関係性、そして人と環境の深いつながりを示すヨルング族の概念である「リヤ・ダリニミル」を反映しています。

マラウィリ自身は、自身の水を描いた作品は、男性に限定されたより深遠な神聖な意味合いを持つものではないと語っています。彼女は、岩に打ち寄せる水や、飛び散る水しぶきといった「外側」の要素から自身のアイデアを引き出し、男性の責任である「深層の基礎」には立ち入らないと明言しています。 このアプローチは、ヨルング族の伝統的な枠組みの中で、性別に基づく役割を尊重しつつ、彼女自身の土地への責任と帰属意識を表現しています。 彼女の兄によれば、作品は儀式の歌のサイクルにおける年長女性の役割を反映し、「土地のために泣く(ミルカリ)」ものとも解釈されます。

評価と影響

ノンギルンガ・マラウィリは、現代オーストラリアにおいて最も重要な芸術家の一人として広く認められています。 彼女はアーネムランドで最も独創的で革新的な芸術家の一人とされ、その実験的なアプローチと(リサイクルインクの使用を含む)素材の選択は、現代のヨルング族のアートの可能性を広げました。

マラウィリは数々の名誉ある賞を受賞しています。テレストラ全国アボリジナル・トレス海峡諸島美術賞の樹皮絵画部門で二度受賞(二〇一五年、二〇一九年)し、二〇一九年にはウィン・プライズも受賞しています。 また、二〇一八年から二〇一九年にはニューサウスウェールズ州立美術館で大規模な個展「ノンギルンガ・マラウィリ:私の心と精神から」が開催され、二〇二〇年には高く評価されたシドニー・ビエンナーレ「ニリン」にも参加しました。

彼女の作品は、オーストラリア国内だけでなく、ニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパなどの国際的なコレクターや機関からも高く評価され、求められています。 特に、二〇二〇年制作の「バラジャラ」(「ジャプとバラジャラ」と主題や素材が非常に類似)は、二〇二二年にロンドンのテート・モダンとシドニーの現代美術館によって共同購入され、その国際的な重要性が示されました。この共同購入プログラムは、現代オーストラリア先住民アートを世界に紹介する上で大きな影響を与えています。

マラウィリは、コミュニティの尊敬される長老として、若い世代への文化的知識の伝承に不可欠な役割を果たしました。 彼女の芸術は、ヨルング族の文化を讃え、先住民アボリジナル・コミュニティの回復力と創造性の証として評価されています。 アーティゾン美術館で開催された「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展で、マラウィリは高く評価されるアボリジナル女性アーティストの一人として紹介され、国際的な現代美術における先住民アートの再評価の動きと呼応しています。