ノンギルンガ・マラウィリ (Nongirrna MARAWILI)
ノンギルンガ・マラウィリの作品「ワンダウイの魚捕り網」について、詳細にご説明します。
この作品は二〇一三年作で、天然顔料と自然に空洞化した幹を用いており、二六四・〇かける一九・〇かける一九・〇センチメートルというサイズです。
背景、経緯、意図について
ノンギルンガ・マラウィリは、オーストラリア北東部のアーネムランドに住むヨルング族の著名な女性アーティストです。彼女の作品は、自身の周囲の環境、歴史、そして文化から深いインスピレーションを得ており、特に幼少期を過ごしたマダッルパ氏族の土地であるバラチャラや周辺の場所が描かれることが多いです。
ヨルング族の芸術は、樹皮画に代表されるように、古くから創造の物語、土地の法、祖先の精神を伝える役割を担ってきました。 マラウィリは、この豊かな伝統に深く根差しながらも、現代のヨルング・アートの可能性を広げる革新的なアプローチで知られています。
「ワンダウイの魚捕り網」という作品は、ワンダウイという特定の場所と、そこで行われる魚捕りの文化を表現していると考えられます。これは、彼女が故郷の土地と水域、そしてそれらに関連する祖先の物語や知識、伝統的な生活様式への深い繋がりを表現しようとする意図から生まれたものと推測されます。魚捕りの網は、食料を得るための道具であると同時に、特定の場所の生態系や、そこでの人々の暮らし、さらには文化的な知識や祖先の教えを象徴している可能性があります。
この作品が展示された「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展は、複数のアボリジナル女性作家に焦点を当て、今日のオーストラリア現代美術における彼女たちの貢献と、脱植民地化の実践、そしてそれが創造性とどのように交差し、現代のアボリジナル・アートを形成しているかを考察する日本初の機会となりました。
技法や素材について
本作は「天然顔料・自然に空洞化した幹」という素材が使われています。アボリジナル・アート、特にアーネムランドのヨルング族の作品では、伝統的に天然の地球顔料である黄土(赤、黄)、白いパイプクレイ、そしてマンガンから作られる黒い顔料が用いられます。 これらの顔料は、水と結合剤(伝統的には蘭の樹液が使われましたが、現在は工芸用接着剤も使われます)を混ぜて作られます。
描画には、柔らかい樹皮の破片、様々な太さの棒、あるいは非常に細い人毛でできた筆が用いられ、細部にわたる描写が可能です。 ヨルング族の芸術の特徴の一つに、細かく交差する線(ララク)の技法があります。これは、きらめくような効果(ビルユン)を生み出し、精神的な力を表現するとされています。
通常、樹皮画では平らな樹皮がキャンバスとして使われますが、本作では「自然に空洞化した幹」が用いられている点が特徴です。これは、マラウィリが有機的な形状や素材を用いて実験的なアプローチを取ることを示しており、伝統的な樹皮画の技術を三次元的な彫刻の形へと拡張したものと言えます。 このような素材の選択は、自然との深い結びつきや、素材そのものが持つ精神性を重視するアボリジナル・アートの思想を反映しています。
意味について
ヨルング族の樹皮画は、単なる美術作品以上の意味を持っています。それらは社会の歴史、環境の百科事典、場所、季節、存在、歌、踊り、儀式、祖先の物語、そして個人的な歴史を表現するものです。 作品に描かれるデザインは、部族のシンボルや幾何学模様、そして永遠のドリームタイム(夢の時代)の要素を含む聖なるデザインに基づいています。 これらのデザインは、作り手自身のアイデンティティ、すなわちモイエティ(二分された部族集団)、スキンの関係性、そして故郷の土地に関する多様な視覚的情報源から生まれています。
「ワンダウイの魚捕り網」は、ワンダウイという場所、そこにある魚捕り網、そしてそれらにまつわる祖先の物語や法、水域管理に関するヨルング族の知識といった、具体的な側面を表現していると考えられます。魚捕り網は、物理的な構造だけでなく、その背後にある深い文化的、精神的な意味合いを伝える象徴として描かれているでしょう。それは生命の糧、共同体の知恵、そして土地や水との調和のとれた関係性を表している可能性があります。
評価や影響について
ノンギルンガ・マラウィリは、オーストラリア国内外で高く評価されているアーティストです。彼女はヨルング族の伝統に深く根ざしながらも、革新的な作品を生み出すことで知られています。 彼女の作品は、現代のヨルング・アートの枠を広げ、極めて独創的で革新的なものと評価されています。
マラウィリは、シドニー・ビエンナーレなどの主要な芸術祭で作品を発表し、アボリジナル・アーティストにとって最も名誉あるテルストラ・ナショナル・アボリジナル・アンド・トレス・ストレイト・アイランダー・アート・アワードの樹皮画部門で受賞するなど、数々の栄誉に輝いています。
彼女の芸術は、「伝統的と現代的の間に挟まれた「ハイブリッド」な形態」ではなく、「同時代の並存する世界が同化に抵抗する様子を描いている」と評されています。 これは、彼女の作品が伝統的な価値観を守りつつ、現代社会におけるアボリジナル文化の強さと適応性を表現していることを示唆しています。
彼女の作品が国際的な舞台で注目されることは、アボリジナル・アート、特に女性アーティストの作品が世界的な現代美術の動向に与える影響力の高まりを示しています。 「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展のような機会は、これらのアーティストたちの作品が持つ普遍的な価値と、地域固有の文脈から生まれる力強いメッセージを広く伝える役割を果たしています。